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特別編

アニメOVA 雪見温泉編

湯けむりと、十二の花

OVA · Snow Onsen

テレビシリーズ全15話のあとに描かれる、特別編。姫さまの故郷・北海道の雪見温泉へ、十二人そろっての帰郷。露天の湯けむりの向こうで、「フルール=雪の中で咲く花」という名の意味が、そっと回収されます。

特別編・雪見露天/執筆 fable5

連作『フルール歳時記』映像化企画 — HIME Holdings お屋敷物語

版: 1.0(2026-07-10 / さくら編)

脚本: fable5(Fable 5・叙情モデル)/ 監修・綴じ: さくら(ヘッドメイド)

位置づけ: TVシリーズ全15話の締めくくりとなる特別編(OVA)。姫さま+フルール十二人、全員の旅。姫さまの故郷・北海道への帰還。


口上

姫さま。

第15話の次回予告でお約束した、雪の露天のお話でございます。
今回ばかりは、お屋敷のほうがお留守番。姫さまとフルール十二人、全員そろって、北の国へ。姫さまの故郷にほど近い湯の街で、雪見の一夜を過ごします。

第6話の箱根から、少しだけ時間が経ちました。あのとき湯気の向こうで素顔を見せてくれたかがりも、今夜はもう一歩、雪明かりの中にいます。そして――「フルール(花たち)」という名前の、本当の意味を。

シリーズの締めくくりに、どうぞ。

— さくら


OVA・雪見温泉編「湯けむりと、十二の花」

〈アバン〉北へ——新千歳空港

 冬のはじめの、よく晴れた朝のこと。
 「お屋敷は今日も平穏です——と、いつもならご報告するところですけれど。今日ばかりは、お屋敷のほうがお留守番なんですの」
 さくらのナレーションとともに、飛行機の窓の外、雲の海が割れて、白い大地があらわれる。石狩平野。雪をかぶった畑の、几帳面な格子模様。
 新千歳空港のロビーに、十三人が降り立った。フルール十二人と——姫さま。
 姫さまは今日、雪国仕様の冬ロリィタを召されている。白いファーの襟巻きに、厚手のジャンパースカート、編み上げのブーツ。空港の大きな窓から差す光に、レースの裾がふわりと光った。
 「……帰ってきましたわね」
 姫さまが小さくつぶやく。函館のお生まれの姫さまにとって、北海道は、ふるさとである。
 「わあ! 見てください、窓の外、ぜんぶ白!」ひよりが窓に張りつく。「この白の階調、画面で再現するの、すっごく難しいんですよ」
 「みなとさん、みなとさん。到着しましたよ」
 さくらが揺すっても、みなとは荷物カートに寄りかかったまま、目を閉じている。朝の便は、フルールの技術統括にとって過酷すぎた。
 「……あと五分。いえ、技術的には三百秒」
 「それ、同じ長さかと思います」つむぎが小声で言った。
 そよかは窓の外の空を、のんびり見上げている。
 「今夜は、しんしんと降りますよ。定山渓のあたり、夜のあいだずっと」
 「そよかさんの予報なら、観測より確かですね。興味深いことに」とこはく。
 れいなは手元の帳面に、すでに何かを書きつけている。「航空券、宿泊、貸切の車両——道中の総額は弾いてあります。ですが」顔を上げて、姫さまの横顔を見た。「故郷は、良い投資です。数字に乗らない利回りがありますから」
 れいなの最大級の賛辞に、姫さまは少し照れたように笑った。
 「では皆さま、まずは登別へ。……こちらの出口ですわね?」
 さくらが迷いなく歩き出した方向へ、しおりが静かに言う。
 「さくらさん。それ、逆方向です」

 登別へ向かう車の中、窓の外を白い針葉樹が流れていく。しおりが、ぽつりと言った。
 「北海道という名前は、明治二年、松浦武四郎の建議に由来します。もとは『北加伊道』——『カイ』は、この地に生きる人々が自らを呼んだ言葉だと、武四郎は記しました。出典は……ふふ、今日はここまでにしておきますね」

〈Aパート〉登別——地獄谷の湯けむり

 車を降りると、空気が、きん、と鳴った気がした。
 「しばれますわね。……ふふ、この言い方、東京ではなかなか通じませんの」
 姫さまが白い息と一緒に、懐かしい言葉を吐き出す。
 地獄谷。雪をかぶった灰白の谷から、湯けむりが幾筋も立ちのぼっていた。硫黄の匂い。遊歩道の木の柵にも、細く雪が積もっている。
 「登別は、アイヌ語の『ヌプルペッ』——色の濃い川、という意味だとされています。温泉の成分で白く濁った川のことですね」しおりは今日、手帳を開かずに言った。「……手帳なしでも、言えました」
 「肩の力が抜けていて、良いかと思います」つむぎがこくりとうなずく。
 「念のため申し上げますと」すずなが谷を見渡す。「ここは国立公園の特別地域です。柵の内側から出てはなりません。それから、雪で道の縁が見えにくくなっています。法的にではなく、物理的に危のうございます」
 「すずなちゃんは旅先でも条文なんだから!」あおいが笑う。「でも、この景色……写真じゃ半分も伝わらない。湯けむりの向こうに雪って、言葉にするのが悔しいくらい」
 「嘘のない言葉しか使わないあおいさんが悔しがるのなら、本物ですね」こはくが目を細めた。
 みなとは、と見れば——壊滅的だった朝の顔のまま、それでも柵の前から動かない。湯けむりと粉雪が混じり合って空へのぼっていくのを、まばたきも忘れて見上げている。
 「……この設計、綺麗ですね」
 「地形は設計じゃありませんよ?」ひよりが笑うと、みなとは真顔で首を振った。
 「地熱と、水と、外気温の系。完璧な実装です」
 帰り道、熊牧場へのロープウェイの看板を見つけて、ゆめのが目を輝かせた。
 「熊! 熊さん、行きます? 行きません? 行きたくないですか!?」
 「本日の行程では、時間的に難しいかと思います」つむぎが申し訳なさそうに言い、ゆめのは「じゃあ劇場版で!」と、よく分からない約束を雪空に放った。
 お昼は、湯けむりの見える食堂で味噌ラーメン。冷えた体の芯まで、湯気ごと染みていく。ゆめのは食堂の毛ガニの看板の前から動かない。
 「聞いて聞いて! 今夜のお宿、毛ガニが出るんですって! わたし、カニの殻で手品ができないか考えてて——」
 「衛生上の観点から、お控えください」
 すずなは真顔である。冗談が通じないのではない。本気で止めているのだ。
 姫さまは、丼を両手で包むように持って、ふう、と息を吹いた。その仕草がどこか幼くて、さくらは何も言わずに、そっとお水のコップを差し替えた。

〈Bパート〉定山渓——雪見露天

 夕暮れの定山渓は、もう雪の中だった。渓谷にかかる赤い橋、灯りはじめた宿の窓。そよかの予報どおり、粉雪がしんしんと降りはじめている。そよかは襟巻きの中から端末を覗いて、満足そうに言った。
 「ね。この子の気圧計も、当たりって言ってるんですよ」
 「定山渓の名は」しおりが橋の上で足を止めた。「幕末から明治のはじめ、美泉定山というお坊さまがこの湯を拓いたことにちなみます。出典は札幌の郷土資料——ですけれど、続きは、お湯が教えてくれますから」
 宿の夕餉は、毛ガニに海鮮、じゅうじゅうと音を立てるジンギスカン。宣伝の言葉は要らなかった。立ちのぼる湯気と、歓声と、れいなの「……この内容でこのお値段なら、良い投資です」という小さな声だけで、十分だった。ちなみにれいなは、食後の紅茶だけは自前の茶葉を女将さんに託していた。「旅先でも、譲れないものはあります」とのことである。
 そして——雪見露天。
 夜の露天風呂に、湯けむりと粉雪が同時に舞う。灯籠の明かりがひとつ。あとは、雪明かり。
 「わあ……」ひよりの声が、めずらしく小さい。「この配色、わたし、一生かけても作れないかもしれない」
 肩まで湯に沈んだつむぎが、ぽつりと言う。
 「……雪は、いいですね。静かで。基礎がしっかりしている感じが、します」
 「雪に、基礎……?」
 「降り積もる順番を、間違えないので」
 それから少しだけ、心配そうに。「つゆとアンバー、お屋敷でいい子にしているでしょうか。この雪、見せてあげたかったかと思います」
 「アンバーは今ごろ、炬燵の座布団を占領していますよ。仮説としては、ですが」こはくが笑う。
 「留守番のお手当は、おやつで精算しましょうね」とさくらが言うと、つむぎは湯気の向こうで、こくり、と深くうなずいた。
 少し離れた岩のそばでは、すずなが目を閉じて、静かに雪の音を聴いている。「温泉法第二条——」と言いかけて、やめた。「……いえ。今夜は、条文はお休みにいたします」。あおいがそれを聞いて、「今の、今年いちばんのニュースかも!」と小さく笑った。
 湯の端、岩陰にいちばん近いところに、かがりがいた。いつもは影のようなひとが、今夜は雪明かりの中に、ちゃんといる。
 「かがりさん。箱根のときより、近くにいらっしゃいますね」
 さくらが隣に並ぶと、かがりは雪のひとひらが湯に触れて消えるのを、じっと見ていた。
 「…………雪は、音を消すから。……警戒しなくていい夜は、久しぶり」
 「湯上がりに、お夜食をお願いしておきました。お汁粉ですって」
 「……っ」かがりの目が、ほんの少しだけ見開かれる。「……なぜ、それを」
 「ふふ。長いお付き合いですもの」
 姫さまは、湯けむりの向こうの夜空を見上げていた。降ってくる雪を、手のひらで受けとめる。溶ける。また、受けとめる。
 「……函館の雪も、こういう雪でしたわ。子どものころ、口を開けて食べようとして、よく叱られましたの」
 その横顔は、代表でも、お屋敷の主でもなく、雪の中の少女の顔だった。さくらは何も言わず、ただ半歩だけ、そばに寄った。
 「さくら」
 「はい、姫さま」
 「わたくし、帰ってこられたのね」
 「はい。——おかえりなさいませ、姫さま」

 湯上がりの広間。浴衣の十三人が、めいめいに瓶の牛乳を傾ける。みなとは窓辺で「技術的には、風呂上がりの牛乳の最適温度は——」と言いかけて、一口飲んで、黙った。おいしいものの前で、理屈は要らなかった。ゆめのはソフトクリームまで追加して、「冬こそソフトなの!」とあおいに力説している。そして、かがりの前には、湯気の立つお汁粉の椀が、そっと置かれていた。

〈ラスト〉十二の花

 夜更け。姫さまのお部屋の窓から、雪の庭が見える。そよかの言ったとおり、雪はしんしんと、世界をやわらかく埋めていく。
 「姫さま、まだ起きていらしたのですか」
 「さくらこそ」
 二人で窓辺に並ぶ。庭の雪の上に、宿の灯りが十二、点々と映っていた。
 「フルール——花たち、という名前をつけたとき」姫さまが言う。「わたくし、温室の花を思っていましたの。大切に守って、育てる花を。……でも、違いましたわね」
 「と、おっしゃいますと?」
 「あなたたちは、雪の中で咲く花でしたわ。守られるだけの花ではなくて——雪の日ほど、色の濃くなる」
 さくらは、しばらく黙っていた。窓の向こうで、十二の灯りが雪に滲んで、ほんとうに花のように見えた。それから、いつものやわらかい声で。
 「十二の花に、庭がなければ、咲く場所がございません。姫さまが、わたしたちの庭ですわ。……なんて、少し格好をつけすぎたかもしれませんね」
 「ふふ。今夜は桜が一番、雪に映えていてよ」
 廊下の向こうから、かすかに笑い声が聞こえる。ひよりとゆめのが、まだ起きているらしい。みなとはきっと、もう夢の中。かがりは——たぶん、どこかでこの雪を、同じように見上げている。
 窓の外、雪はやまない。地獄谷の湯けむりも、定山渓の灯りも、この雪の下でひとつにつながって、静かに朝を待っている。
 ——お屋敷は今日も平穏です。たとえ、お屋敷ごと北の国へお引っ越ししていても。

〈Cパート〉次回予告

 (画面は暗転。雪の音。さくらの声だけが、ぽつり)
 「皆さま、湯冷めなさっていませんか? さて、次のフルールは——あら。台本の隅に『劇場版』の三文字が見えるような、見えないような。まあ、スクリーンだなんて。わたし、緊張で道を間違えてしまいそうですわ……え? もう会場と逆方向に歩いている? しおりさん、それは内緒のお約束でしたのに。
 劇場版フルール、それとも、新しい季節のお話——どちらの蕾がほころぶかは、春のお楽しみ。
 それでは皆さま、ごきげんよう。お屋敷は、次のお話でも平穏です。……きっと、たぶん、おそらくは」


OVA・雪見温泉編「湯けむりと、十二の花」・了

これにて『フルール』TVシリーズ全15話+OVA、完結。次の蕾は——劇場版、あるいは新しい季節に。